Dialogue with Nature #08

「ヒツジグサと熊 - 尾瀬ヶ原・至仏山」 鈴木優香

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新宿から尾瀬戸倉まで高速バスに揺られ、そこから乗り合いタクシーで鳩待峠へ向かう。ここから山の鼻小屋までは1時間ほどの道のりである。気温は10℃に満たない。寒さに慣れるまでは腕組みをして黙々と歩く。

小屋の受付を済ませてから散策にでかけた。ここから先は尾瀬ヶ原と呼ばれるエリアである。一帯に広がる湿原は落ち着いた黄金色をしており、風が通り抜けるたびにさわさわと波を立てる。草紅葉にも様々な種類があるが、その中でもキンコウカ(金光花・金黄花と書く)の葉は蛍光に近いオレンジになり、自然の色とは思えない鮮やかさである。

さらに木道を進むと、地塘に浮かぶヒツジグサに出合った。こちらは色付き始めたばかりのようで、黄緑から橙へ移り変わる途中にあった。名前の由来は葉の形が羊の蹄に似ているからだと思っていたが、調べてみると未の刻(午後2時頃)に花が開くからなのだという。※諸説あり

ヒツジグサの可愛らしさにすっかり釘付けになり、近目に観察出来る場所を求めて先へ先へと歩いていると、いつの間にか牛首分岐の手前まで来ていたことに気付く。そろそろ戻ろうかと思った矢先に、雨の雫がその丸い葉をぱたぱたと叩き、続いてさーっと音を立てて降り始めた。

翌日は小雨の降るなか至仏山に向かった。この山を構成する蛇紋岩は滑りやすく、崩壊しかけた木の階段にも気を遣った。ときおり立ち止まっては尾瀬ヶ原のほうを振り返り、息を整えてまた登った。

山頂に着いても天候は回復しなかったが、小至仏山を経て悪沢岳分岐にさしかかったときにようやく青空が見えた。登山道の脇にある岩に座って休憩していると、下方に黒い動物が歩いているのが見えた。おそらくツキノワグマだろう。かなり距離があったので大きさはわからない。カメラを構えたが少し遅かった。

この先で遭遇する可能性は低いが、実際に姿を見てしまうと不安になるものだ。バックパックに付けていた熊鈴を外して手に持ち、大げさに鳴らしながら山を下りた。

【今回歩いたコース】
1日目:約1時間
鳩街峠(1,591m)〜山の鼻小屋(1,409m)
2日目:約5時間
山の鼻小屋〜至仏山(2,228m)〜小至仏山〜悪沢岳分岐〜鳩待峠
参考:尾瀬ハイキングガイド

【プロフィール】
鈴木優香
山岳収集家。東京藝術大学修了。ライフワークとして国内外の山を巡り、道中で出合う美しい瞬間を拾い集めるように写真に収めている。山の景色をハンカチに仕立ててゆくプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」(2016年〜)、写真展「旅の結晶」(2023年)。
www.mountaincollector.com

写真・文:鈴木優香

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