Dialogue with Nature #05

「大沼の怪 - 赤城山」 鈴木優香

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よく晴れた土曜日の朝。全面凍結した赤城大沼は、ワカサギ釣りを楽しむ多くの人で賑わっていた。ここは周囲を赤城山に囲まれたカルデラ湖である。面積は88ha、氷の厚みは40cmを超えるという。

釣り人は蛇腹状の風避けシェードが付いたソリを引いて、ここだという場所で氷に穴を開けて針を落とす。みな寒そうに縮こまっているが、釣れても釣れなくても楽しそうに見える。

黒檜山の山頂までは標高差500mを一気に登る。詰まった等高線からその斜度を想像し、防寒着を1枚脱いで歩き始めた。踏み固められた登山道は、アイゼンの爪がよく刺さって良い。少し歩いただけで身体が温まる、春を思わせる山日和である。ときおり後ろを振り返ると、眼下には白い大沼が悠々と横たわっていた。

山頂には明るい声が飛び交っていた。昼食をとる人、山座同定をする人、写真を撮る人。どの顔も朗らかである。

早足で山を下ったが、陽はすでに傾き始めていた。釣り人は忽然と姿を消し、紅い光に照らされた大沼はしんと静まり返っていた。私はあるものを探して氷上を歩き回った。アイスバブルと呼ばれる現象である。

アイスバブルは、湖底から湧き出た火山ガス(あるいはバクテリアによるもの)が氷に閉じ込められたものである。冬の始まりに薄氷が張ると、ガスは水面に到達できなくなり、気泡の状態で凍結する。それを繰り返しながら氷が厚みを増すことで、気泡が層になって見えるようになるというわけだ。

私は氷面に這いつくばるようにして、その不思議な泡を見つめた。しかし、沼の奥底まで果てしなく続く煌めきをどんなに凝視したとして、その現象を完全に理解するのは困難だった。

ふと、何かが膨らんでは破裂するような重低音が、山と山の間を行き交っていることに気付く。文字にするならば、ボンッ、あるいは、ビュンッ、といったところか。辺りにスピーカーを探したが見当たらない。なんとも不気味な音である。後に聞くと、それは沼が凍るときに発するものらしい。

後日、友人に会う機会があった。「沼が凍る音を聞いた」と興奮気味に話す私に、友人は終始訝しげな顔をするばかりなので、やはりあれは夢か幻だったのだろうかという気さえしてきた。

【今回歩いたコース】
黒檜山・駒ヶ岳コース(今回は黒檜山のみ)
あかぎ広場前バス停〜黒檜山登山口〜猫岩〜黒檜山(1,828m)
コースタイム:約4時間

 

 

【プロフィール】
鈴木優香
山岳収集家。大学院卒業後はアウトドアメーカーに入社し、商品企画・デザインを手がける。2016年に独立し、山で見た景色をハンカチに仕立ててゆくプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」を開始。山と旅をライフワークとしながら、写真・デザイン・執筆などを通じた表現活動を続けている。
www.mountaincollector.com

写真・文:鈴木優香

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