谷川岳は2つの山頂を持つ双耳峰で、肩ノ小屋から見て手前にあるほうがトマの耳、その奥がオキの耳という。5年ほど前に訪れたときにはトマの耳までしか行くことができなかったので、オキの耳から見たトマの耳の山容の良さに気付いたのは、つい最近のことである。
11月中旬、灰色の朝。谷川岳ロープウェイに乗って、天神平まで標高を上げる。眼下には色彩を手放した山々が広がり、山肌を覆う木々は細やかな枝を露にして、ただそこにじっと佇んでいる。
谷川連峰の稜線に、白い雪は見当たらない。1週間前の積雪は、その後の雨ですっかりとけてしまったようだ。秋は依然としてこの山に留まっていて、ときおり現れては雪を降らせる冬とのせめぎ合いを続けている。私たち登山者はその様子に一喜一憂しながら、着る服や道具に頭を悩ませ、山に向かうのである。
天神平に降り立つと、しんと冷えた空気に思わず身を縮めた。ブナの葉が積もる緩やかな道を進み、天神尾根に出る。すると、パラパラと辺りの葉を叩く音が聞こえてきた。どうやら霰が降ってきたようだ。小さな氷の粒はあちこちでひと弾みしてから地面に着地して、音もなく消えていった。
鎖の張られたいくつかの岩場を越えると、万太郎山や仙ノ倉山の山並みが迫ってくる。それはいかにも縦走をしたくなる鋭い稜線で、深い緑に黄金色の混じる山肌も美しい。そこに点々と白く見えるのは、積雪の名残である。何も珍しいものではないが、見つけると嬉しくなるのは何故なのだろう。
強い風が吹き抜ける山頂では、灌木の枝や草葉のいたるところに雨氷が見られた。雨氷とは0℃以下でも凍っていなかった雨が、何かしらの物体に付着することで形成される透明な氷である。そのあまりの美しさに夢中で写真を撮っていると、不意に雲間から光が降り注ぎ、雨氷をいっそう煌めかせたと思えば、あっという間にとかしてしまった。
秋と冬が行き交う、季節の狭間を歩いた日のことである。
【今回歩いたコース】
天神尾根ルート
谷川岳ロープウェイ天神平駅(1,319m)〜肩ノ小屋〜トマの耳(1,963m)〜オキの耳(1,977m)〜天神平駅
コースタイム:約4時間半
【今回着用したアイテム】
W 260 TECH LS CREWE (color: K)
W 260 TECH LEGGINGS (color: K)
W SIREN SS SWEETHEART (color: K)
【プロフィール】
鈴木優香
山岳収集家。大学院卒業後はアウトドアメーカーに入社し、商品企画・デザインを手がける。2016年に独立し、山で見た景色をハンカチに仕立ててゆくプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」を開始。山と旅をライフワークとしながら、写真・デザイン・執筆などを通じた表現活動を続けている。
www.mountaincollector.com
写真・文:鈴木優香