働き方やライフスタイルの多様化に伴って、仕事自体の種類も近年で急速に増えたのではないだろうか。誰もが耳にしたことのある役職やスマートなヨコモジへの憧れはいつの間にか霧散して、今や自分の個性をいかに仕事として昇華させるかがもっぱら関心を集めている。
「山岳収集家」を名乗る鈴木優香さんも、自分が愛を注いでいるものを縫い合わせて、自分だけの職業を生み出した1人。彼女のプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」を端的に説明するならば、山で撮った写真をハンカチに仕立てるという活動だ。先駆者のいない茨の道を選んだことで負った傷もあるのだろうか、少しもそんなことを感じさせず、唯一無二の肩書きを携えて歩む姿が眩しくて仕方ない。
Interview 「山で見た景色をハンカチに」
作業場にお邪魔してまず目に入ったのは、登山関連の雄々しいタイトルと可愛らしい雑貨の小冊子が仲良く同居している本棚。現在のアクティブな印象とは異なり、ずっとインドア派で雑貨屋さんに憧れていたという鈴木さん。プロダクトデザインを学ぶために美大へ進学したのだが、ゼミ合宿の一環として山小屋で過ごした数日間が人生を変えた。「それまでキャンプや登山なんて無縁だったので。山で朝を迎える気持ちよさとか、自然の中で過ごす楽しさをそこで初めて知りました」。これを機に山の世界が気になり始め、卒業後はアウトドアメーカーに入社。毎週のようにフィールドへ出ているうちに、登山にのめり込むようになったそうだ。
独立後の進路は、特に前もって決めてはいなかった。デザイナーを名乗るのもなんだかピンとこない、かといって登山家になりたいわけでもない。「山の中を自由に歩いて、自分の琴線に触れたものを写真に撮りながら、集めるということがしたくて。じゃあ山岳収集家なんてどうだろうと」。山にまつわるいろんなことができる、曖昧な余白も備えた今の肩書きに辿り着いた。
山へ向かう鈴木さんの手にはいつもフィルムカメラがある。デジタルとは異なり枚数の制限があるからこそ、「山を歩いていて気になるものが見つかっても、まず撮るか撮らないかをその場で判断します。ちょっとでも迷いがある時は撮りません」。日常生活では優柔不断になることが多いそうで、自分を鍛えているような感覚なのだと楽しげに教えてくれた。
改めて作業場を見渡すと、山道で拾ったという小石、ラオスの精霊の人形、雪山を模したガラス細工、針金など、本当に気に入ったものだけを厳選して並べているのがよくわかる。仮に鈴木さんを真似てディスプレイを作ってみるとして、私にはここまで物数を絞れる自信がまるでない。「それを持ち帰るかどうか、写真を撮るかどうか。その時々に自問自答しながら選んでいるからこそ、大事にしようって愛着が湧くんです」。
山を歩く時、行きと帰りで同じルートを辿ることは少ないという。あったとしても日が違えば天気も変わり、同じ景色はもう2度と見られない。「山の景色の儚さだとか、変わりゆく一瞬を切り取って、カタチに残して手に取れるようにしたいと思って」。布という素材がずっと好きだったという鈴木さんにとって、写真をハンカチに落とし込んだ今のプロダクトに行き着いたのはごく自然な流れだった。MOUNTAIN COLLECTORのハンカチは、生地の透け感も大きな特徴の1つ。「薄手の生地は、光に透かすと色が薄くなるし、折り畳んで生地が重なり合うとまた表情が変わるんです。そういう変化を感じられるのが、山の景色とも似てるなって」。
登山の際に日頃愛用しているIcebreakerの生地感についても、「ウールの服がもともと好きで。肌にやさしい、自然由来の素材の良さを実感します」と話してくれた。「山登りの際は夏場でも長袖を着ているんですが、汗をかいても、山小屋でひと息ついているうちにあっという間に乾くのでとても着心地がいいです」。
昨年は1ヶ月に1,2回のペースで山へ足を運んでいたという鈴木さん。「次はどこを目指そうかなと、山に行く楽しみが待っているからこそ、家での時間も楽しく過ごせていました」。今後行ってみたい場所を尋ねると、「友人とスリランカのトレッキングに行く計画を立てています。あとはキルギスの広大な景色の中を歩いてみたいですね」という答えが返ってきた。
おうち時間を過ごす中で新たな目標も生まれた。普段山の中ではメモを取ることはなく、カメラだけを抱えて歩いているそうだが、「撮りためてきた写真に言葉を添えて、これまでの登山の記録をまとめる作業もしていきたいなと考えています」。鈴木さんの心に刻まれている山の景色を、彼女の目線で紐解ける日が今から待ち遠しい。
2020 Fall – Winter – Journal 特設ページはこちらより
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鈴木優香(Yuka Suzuki) / 山岳収集家。大学院卒業後はアウトドアメーカーに入社し、商品企画・デザインを手がける。2016年に独立し、山で見た景色をハンカチに仕立ててゆくプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」を開始。山と旅をライフワークとしながら、写真・デザイン・執筆などを通じた表現活動を続けている。
写真: 山田薫 文章: 藤本麻子,メディアサーフコミュニケーションズ株式会社