Dialogue with Nature #07

「雪を踏む音 - 北横岳」 鈴木優香

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アイゼンで雪を踏み締める音が聞こえる。いくつかの足音が近づいたり離れたりしながら、それぞれが良いと思うところで立ち止まり、再びそれぞれのペースで歩き始める。分岐や景色が開けた場所では自然と合流して、”寒い”とか”きれい”などと短い言葉を交わす。

山に雪が積もり始めると、まずは北横岳に行って足慣らしをしようということになる。それは冬山を始めてからずっと変わらない恒例行事のようなもので、今まで幾度となくこの山に登ってきた。

この日はよく晴れていて、足元には前の晩に降った新雪が煌めいていた。坪庭を抜けると、針葉樹の立ち並ぶ樹林帯に入る。ジグザグに造られた道を上がっていくと、樹々の間から縞枯山が見える。

北横岳ヒュッテで休憩をしてから、傾斜のある道をもう少し進む。樹林帯が唐突に途切れるとすぐに南峰の山頂である。ここでは南八ヶ岳の山々を見渡すことができ、さらに歩いた先にある北峰では眼前に蓼科山が聳える。後方には雪を被った北アルプスの山々。山頂からの景色がこんなにもはっきりと見えたのは初めてのことである。

来た道を戻り再び樹林帯に入ると、風の音は遠のいて、静けさが辺りを包む。頭上の樹々から粉雪が舞って輝くと、ふと、これまでにこの道を歩いた日の記憶がはらはらと頭に降りてきた。

あるときは吹雪で前が見えず、あるときは長い縦走を経てふらふらと疲れきっていた。けれど、どれもが良い日だった。お互いの足音を確かめ合いながら、短い言葉を交わした。共に山に登ること、同じ景色を共有すること。それだけで素晴らしい出来事である。今でも山行を共にする人もいれば、それきりになってしまった人もいるが、少しでもこの山のことを覚えてくれていたらいいと思う。

よく晴れたこの日のことも、いつか思い出すときが来るだろうか。北横岳へ向かう同じ道の上で。

山頂で被ってそのままにしていたフードを脱ぐと、アイゼンで雪を踏み締める音が遠くで聞こえた。私もそれを追うようにして山を下りた。

【今回歩いたコース】
北八ヶ岳ロープウェイ山頂駅〜北横岳ヒュッテ〜北横岳(2,480m)〜縞枯山荘〜山頂駅
コースタイム:約3時間
https://www.kitayatu.jp/trekking/

【プロフィール】
鈴木優香
山岳収集家。大学院卒業後はアウトドアメーカーに入社し、商品企画・デザインを手がける。2016年に独立し、山で見た景色をハンカチに仕立ててゆくプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」を開始。山と旅をライフワークとしながら、写真・デザイン・執筆などを通じた表現活動を続けている。
www.mountaincollector.com

 

写真・文:鈴木優香

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